1, Y君の話

2年前の初春、僕は、バラナシのガンジス河近くにあるSゲストハウスに滞在しながら大学に通っていた。当時、3月から始まる試験準備で忙しかった僕であるが、自室で3食自炊生活という極めて健康的な生活を送っていた。

ちょうどその頃、2つ隣の部屋にY君という同年代の日本人青年が長期滞在していた。彼はバラナシでタブラ(打楽器の一種)を習っており、宿からグルジー(師匠)の家に稽古のために通っていた。 大学で文学を学んでいる僕と、グルジーからタブラを習っているY君。一見、宿が同じと言うこと以外は、ほとんど接点のない二人であった。しかしながら実はその頃、僕はY君の怪しげな行動に毎日悩まされていたのである。

それは、いつも夕食時になると食事にあやかろうと僕の部屋の入り口前のソファーで座り込みを始める彼の悪癖であった。たまたまそういう時に一歩でも部屋から出てしまったら、もう僕の負けである。なぜならば、彼の物欲しそうな視線を無視することは自分には到底できなかったからだ。捨てられた子犬が、「僕を拾ってください。」と往来の通行人達を見つめるあの瞳である。仕方がないので、

「Y君も食べない?」

と言って、作ったご飯を何度か一緒に食べさせるはめになってしまった。そして、そういうことが何日か続いたので僕は少し多めにご飯を作ったりもした。
長期滞在のために、Y君も僕と同様に部屋で自炊をしている身であった。ところが、数ヶ月間の滞在中、彼は、僕にチャーイの一杯も飲ましてくれたことがないほどのけちな性格の持ち主であった。しかも寂しがり屋の彼は、いつも僕をつかまえては時を選ばずにねちねちと長話を夜中まで聞かせたりもした。試験前なのに、毎日ご飯を食べさせた上に、くどくどとくだらない話を聞かされことになった自分。彼には幾度と無く忙しいということを言ったが、全く聞く耳を持たぬという態度をとられ続けた。

結局、僕はY君よりも自分のお人よしぶりに腹が立ってしまうことになる。そして或る日を境に、ついに僕は彼を無視することに決めた。それにしても今思えば、よくあそこまで我慢できたものだと我ながら感心するのだが・・・。

それから数日間、何事も無い平穏な日が続いた。

ところが、一週間ほど過ぎた或る日のことである。夕食に調理した鶏肉料理を食べ、食器を洗いに部屋の外にある共同洗面所に行くと、突然、ソファーに座っていたY君が立ち上がって食器を洗っている僕の方にやって来た。そして彼は、洗面台のすぐ横にあるインド式トイレ(和式便器と同じ形)の入り口前で低く腰をかがめた。その時、トイレは使われておらずに扉は開けっ放しになっていた。何をしているのだろうかと不思議に思い、食器を洗いながらそっと彼の方を盗み見ると、どうやら鼻をくんくんとさせて外からトイレの臭いをかいでいるようである。中にあるインド式便器の穴には食器を洗った排水が洗面台から繋がっている管を伝わって勢いよくばしゃばしゃと流れ込んでいた。

ま、まさか・・・。

するとY君は、くるっとこちらを振り向いてこう言った。

「鶏肉がおいしい季節になりましたね。」




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